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 実は、はじめちゃんに黙っていた事があります。一ヶ月ぐらい前、おじさんにキスをされました。デートの帰り、おじさんは家の近くまで車で送ってくれるのですが、その中での出来事です。外はもう薄暗かったのを覚えています。車から降りようとした時に、助手席に座っていたわたしの肩におじさんの手がかかり、そのままシートへ押し倒されるようにゆっくりと……。


 その日のおじさんはいつもと少しだけ雰囲気が違っていて、楽しいお話しをしてくれる一方、執拗にわたしの身体に触れてきていました。街を並んで歩いている間中、太腿やお尻を触り続け、まるで様子を窺うようにチラチラと横目で眺めてきていました。たぶんキスをするタイミングを計っていたんだと思います。だから驚きはあまりありませんでした。それにその頃にはすごく親密になっていて、いつかおじさんにキスをされちゃうかもしれない、という思いもあったからです。油断、していたと思います。シートベルトをしていたため逃げる暇はありませんでした。
 とにかくわたしは車の助手席で、両手をおじさんの体に当てて形だけ押し返す格好でキスをされてしまいました。それがわたしのファーストキスです。
 甘い甘いキスでした。最初のうちは。唇を塞ぐようにおじさんの口が強く押し当てられ、上唇と下唇を順番に食まれてからおじさんの舌がわたしの唇を優しくじっくりとなぞりました。まるでわたしが男の人に初めて許した唇を感慨深く味わうようにです。わたしの唇はファーストキスの衝撃で小刻みに振るえ、興奮していたのかおじさんの鼻息はいつもより荒かったです。
 わたしはまぶたを閉じて唇を委ねていました。大切な思い出だけど、相手がおじさんなら仕方ないかな、と思っていました。でも、そうしてファーストキスを奪われていると、突然おじさんの舌がヌルッと入ってきたのです。それは生暖かく大きな舌でした。わたしは目を見開いておじさんを見ました。おじさんは半分笑ったような顔で、「美雪ちゃんのファーストキスは貰ったよ。ほら、じっとしててごらん。今から大人のキスの仕方を教えてあげるからね」と言って、わたしの口の中を、ヌルヌル、ヌルヌル、と舐め回し、頬の内側や歯茎、それに喉の奥や舌の表面を舐め続けたのです。


 パニックでした。天地がひっくり返ったような気がしました。深く深く差し込まれた舌で、喉奥をねぶられると頭の中にバチバチと熱い火花が散りました。そんなキスの仕方があるのをわたしはそれまで知らなかったのです。ただただ口の中を熱くねぶられ、わたしはおじさんのなすがままでした。
 身動きのとれない助手席でお父さんと同い年の男性に深く熱いキスをされ、すごく大胆なことをしていたと思います。もしかしたら誰かに見られていたかもしれません。近所の人ならすぐにわたしだと気づいたでしょう。でもそんな事を考える余裕は、その時のわたしにはありませんでした。わたしの顔はおじさんの手によって固定され、舌をストロー代わりに唾液を流し込まれたのです。
 予想外の事態に泣きたい気持ちでした。目を白黒させながら辺りを見回し、必死になっておじさんの唾を飲み込みました。喉を上下に動かし、頑張ってお腹の中に流し込んだのです。そうするしかありませんでした。飲み切れなかったおじさんの唾液がわたしの頬を伝って左右に溢れ、ふぅふぅ、と鼻で息をしていたいのを覚えています。車内には、わたしが赤ちゃんみたいにおじさんの唾をゴクゴクと飲み込む音だけがして、気がついたらまるで催眠術か魔法でもかけられたようにおじさんと舌を絡め合わせていました。濡れた舌と舌の表面を捻るように擦り合わせ、はしたなく、とてもはしたなく絡み合わせていたのです。もう何が何だかわかりませんでした。ただ、おじさんだけを信じて、おじさんの手解きに導かれるまま全てを任せて舌を動かしていたのです。おじさんの唾は苦いタバコの味がしていました。
 二〇分かそれ以上、時間が止まったのではないのと思うぐらい長い間舌を絡め、唾を飲まされていたと思います。満足したふうのおじさんから解放された時には、わたしの顔とお腹の中はおじさんの唾によって隙間なく埋め尽くされていたのです。いつの間にか伸びてきた手がスカートの中に忍び込み、ショーツの上からアソコを弄りだした瞬間、わたしはハッとして、慌ててシートベルトを外して車から逃げるように飛び出しました。そうして玄関に向って走りながらポケットからハンカチを取り出して唇を拭ったのを昨日の事のように覚えています。


 部屋に入るとわたしはその夜、わあわあと一晩中ベットの上で泣きました。電気がずっと消えていた日の事です。
 心の中ではじめちゃんに謝って泣き続けました。何度も何度も、「ごめんなさい。ごめんなさい、はじめちゃん……」と溢れ出す涙を止める事が出来ませんでした。でも、そうやって泣いて、泣き続け、謝り続けている内に不思議と誰も悪くないような気がしてきたのです。だって、はじめちゃんは事件と犯人探しばかりでわたしのことをかまってくれない。おじさんはとても優しくてわたしだけを見てくれている。いったい誰が悪いのでしょうか。誰が悪いというのでしょうか。もし誰かが悪いとするならばそれは、油断していた隙に唇を奪われ、深い大人のキスを教えられてしまった自分でしかありません。
 そうです。おじさんは悪くないのです。それが一晩中泣き続けた末に導きだした結論でした。


 そうしておじさんの行為は加速度的にエスカレートしていきました。唇を奪われる事によって、わたしとおじさんの間にあった垣根のようなモノが取り払われてしまったのです。決定的な何か、わたしがわたしであるために必要だった、わたしが清純な少女でいるために押し止めていてくれた防波堤のような何かが。恐らくその事は、おじさんには最初からわかっていたと思います。分かっていたからこそわたしの唇を奪ったんだと思います。
 事実そのキス以降、わたしの中から躊躇いのような物が消え、恥じらいながらもデートの度に濃厚なキスをされるようになりました。はじめちゃんに対して罪の意識を感じながらもおじさんの唾をゴクゴクと積極的に飲み下すようになったのです。心の中で、「ごめんね、はじめちゃん。また、キスされちゃうね」って謝りながら唇を預けていたのです。それは日に日に大胆になり、おじさんの首に両腕を絡め、自分から唾をせがんで空中で舌と舌を捻って絡み合わすいやらしいキスも勉強しました。はじめちゃんの姿を思い描いて紡がれる長い銀の架け橋もです。そんなふうにキスに没頭しているとわたしは、頭の中が焼き切れたようにショートして、その日授業で習った因数分解や方程式、大事な英単語、生徒会長としての重責などを全部忘れてしまうぐらい何も考えられなくなるのです。お父さんやお母さんの事も忘れて、はじめちゃんの事も忘れて、ただおじさんとの心まで溶けてしまう口づけだけに全てを委ねて……。