小説②『カルピスウォーター』第4話

第2回の彼女の会話文を修正しました。戻ってチェックしてください。今回は第4回目です。少し長文ですが、どうぞ。
第一回→http://d.hatena.ne.jp/mkonkon/20050721(その後順次、次の日に移る)



カルピスウォーター』第4話




 頭の中を形振り構わず、カンカンカン、激しい金属音が木霊する。音は執拗に繰り返し、胃が軋むほどの不快感を伴い、襲ってくる。
 「動くな」僕の脳はそう、絶えず僕自身に囁いていた。脳内指令は絶対的なもので、ほとんどの体内機能をストップさせ、僕に命じている。無論、それは僕の精神的衛生上に於いても、ありがたいことではあったため、素直に抗うことなく従ってしまう。そういうわけで、僕は動けなかった。ピタリとも、ピクリともせず。僕は脳内指令に服従し、ひたすら時が過ぎるのを待つ。それしかなかったのだ。
僕は視線だけを動かし、傍らの少女を見た。
 傍らの少女よ、すまない。僕は動くことができません。動きたくても動けないのです。君を助けたいのだけれど。それも叶いません。ヒーローにはなれませんでした。すみません。そんな僕だから、軽蔑してもかまいません。本当のところ、今すぐ、グーで殴られても構いはしないのだけれども、それは後にして、とりあえずは今のところ、あなたのご無事を祈りつつ、僕は退却します。○○さん、生け贄でお願いします。
 「チッ」
 誰かが舌打ちを飛ばした。きつい舌打ちの打音に、僕は猫みたく総毛を逆立てる。「はあ・・・」と息が肺の底から漏れ出す。
駄目だ・・・疲れる・・・この状況を一刻も早く、脱したいんだ、僕は。・・・さあ、4名様、どうぞお連れ去ってください。早々に彼女を。煮ようが、焼こうが、仕込もうが、何にせよ結構です。彼女を。決して僕ではなく、彼女をどうぞ。僕の傍で4名様と対峙している小柄痩身の女の子。顔はまだ見てないけれど、きっと可愛いですよ。髪もふるふる艶やかですし、どことなくミステリアスな臭いがしますしね。まあ、黒いといえば黒いですが。確かに。何故か不気味なまでにダークですけど、ねえ。それに心なしか膨大な怒のオーラを放っているような気がしますでしょう。めえ・・・うん?気のせいか?気のせいだよな。僕の思ってること変じゃないかな?気のせいだな?僕が思ってることも、気のせいに違いない。そうだな・・・安心・・・
 「ホン・・・・・・・・・ト、おまえら、くそったれの、しみったれだな」
 あれっ?何か変だぞ。何か可笑しい。えっ、この娘。えっ?しみったれ?
 「誰に言ってんだ、おまえ」
 「あっ、誰かが僕の思ったとおりのことを口に出してくれた」と僕は、内心誰かに同意を求めるために掲げてしまった顔を、よく分からない後悔と失念、悲哀の表情で彩った後、激しい悲壮感を伴ったまま俯くことになる。前にいるお兄様方、彼女にしてみれば、「おまえら」。笑っても凶悪面染みいる彼らの顔が、果たして、三白眼を拵え、眉間に皺を寄せ、血管はぶち抜き、沸点の極端に低い怒りのハードルを越えてしまったときの表情とは一体どういうものなのか。というやりたくもない実験。「塩酸を肌にかけてみよう、健康に良いはずだ。はい3,2,1」そんな実験に付き合わされてしまった自分。というものに近しいし、実際考えてしまった。
 正直、僕はただ単に俯いているのか、それとも彼女の代わりに平謝りしているのか、分からないままに頭を下げている。無論、自分に非があるとは、ほんの毛ほどにも思っていない。寧ろ出来の悪い娘を持つ保護者の気分に近い。だから勿論、我が保身と娘のためを思って一応は見たくもない相手の様子を伺うわけだ。で、僕はほんの少しだけ様子を見ようと顔を擡げた。そして、僕は漂白になった。
 4人のうち4人。全員の額の表面には、すでに幾本ものぶっとい血管がビシビシ張りつめ、眉間には幾通りもの方向からしわが寄せられ、三白眼は怒りのため白目になっていた。調子を持つ、宥めるなどそういう甘い解決案は、一部たりとも抜け毛よろしく消し飛んでしまい、風前の灯火とかす。もはや笑うところではなかった。