私の心地よい遊び方

普段からあまり人目も気にせず、ずぼらな私は、今から仕事に行くという最中、偶然にも通りかかった一台の大型ワゴンの中から出てきた如何にもな男の人たちに、クロロホルム入りのガーゼを嗅がされ、バタンと気を失ったところを、上手い具合にワゴンの中に押し込まれ、ずばり拉致られてしまったらしい。
幾何か経った後、目が覚めると、私は薄汚れた肉の解体所のような血生臭い香り漂う部屋で、ゴロンと寝かされていた。「はー」と一つアクビをしたところで、周りの様子を窺ってみる。地面だけでなく、壁の隅っこの方まで、血糊がベットリと付着している。
「あらあら。」
ここまで汚れがひどい部屋は初めてだったので、いっそのこと掃除でもしたい気分に駆られた。ふと、私の反対側の方で、なにやらモゾモゾと微妙に起きる気配がした。何だろうと、興味津々に近づくと、果たして見た目25歳ぐらいのお兄ちゃんだった。顔には殴打の後がくっきりと張り付いていて、いかにも痛そうに顔をしかめながら、ぐっすりと寝入っている。私はお兄ちゃんを起こさないように、静かに離れると、少しの間だけと、再び安眠の途についた。
「おい、生きてるか。」
そう、言って何者かが、私の頬を往復で張った。職業柄、もしくは私の習慣化から来るものであることは明確なのだが、とりあえず私の右腕は条件反射的に超高速でポケットの中に手を突っ込み、何かを掴み出すことになっている。ところが、今回の場合、ポケットには何も入っていなかったため、掌は空を掴み、眠っていた私はうすぼんやりと瞼を開けた。
目の前では、25歳ぐらいのお兄ちゃんが涙と鼻水で、顔をグシャグシャにしたまま、私の肩を揺さ振っていた。顔が少し酸っぱそうでキモイ。誰だろうと、私の曖昧な記憶バンクの中を探り出したところ、私は、「あー」という言葉と同時に、先程お休みされていたこの部屋の同居人の顔を思い出した。顔が痛々しいくらいに気持ち悪かったので、なんか痛いなと、珍しくも痛みの感情を私は感じた。
「君、大丈夫か。」
目を開けたからには応じてやるのが、義務というものであろう。
「はい、大丈夫です。」
可愛らしく、萌え系の声を奏でてみた。オタはこれで一刀両断だろう。
お兄ちゃんは涙声時々シャックリ混じりに、私の生存をいたく感動してらっしゃった。私の肩を握りしめ、いかにも抱きついてきそうな感じだ。再びとりあえず。私は「あの、少し離れてもらえないでしょうか。」とか言ってみると、効果覿面。お兄ちゃんは、磁石のNN同士(SSでも宜しいです)の反発みたく、ほぼ0距離から、数メートル向こうへとぶっ飛んでいった。
「ご、ごめんよ。悪気はなかったんだ。」
お兄ちゃんはその後、本当にどうでも良いことを話し始めた。自分の拉致はどうのこうのだとか、あいつらの証拠とか見つけなきゃとか、犯人は絶対捕まえてやるとか、君も一緒に助けたいとか、俺たちどうしようとか・・・・・・。そんなことばっか。まるで下手な俳優の演技と同じ。
私はそんなどうでもいいことよりも、今はただ無性にしりとりがしたかった。普通にしりとり。最後に「ん」を言ったら負け。simple is best.まあ、私がしりとり弱いのは、分かっていることだけれども。私のポケットには遊び物、何一つ入ってないし、第一こんなところにいても、何のためにもならない。寧ろストレスさえ堪ってくる。
「ああ、イライラする」で、またポケットには何も入ってない。
で、またまた「イライラする」、でポケットまさぐっても、ビスケットも出てこない。
それで、またまた「イライラ」して、ポケットで。
何も見つからないで、イライラ。
ほんで、またまたまた「苛苛苛(イライライラ)」して、またまたまたまた・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・無意味な流転、くだらないサイクル、殺人的悪循環。
私は伏せていた。何もない退屈な時間の流れに。
私は飢えていた。何かの刺激に。
私は失せていた。渡ろうとする気迫が
私は抜けていた。自分への執着心、真に生に対する関心事に。
だから・・・・・・・・・私は、体の中に『刃』を飼っているのだ。







いきなりに、壁だと思っていたところがドアだったらしく「ウィーン」という音をさせて左右に開いた。お兄ちゃんは後ろに跳ね飛び、この仕掛けには私も少々驚いてしまい、クスリと笑ってしまった。ドアが開くと続いて、天井に設置してあったらしい古びたスピーカーが、「ピー・・・ガー・・・ガー・・・」という音とともに、なにやら面白いゲームでも始まりそうな臭いをさせ始めた。
こんな血塗れの部屋で、今でも血が乾ききってないこの臭気で、やることと言ったら、それはそれで、それなりには予想できることだ。ただ、安易に動いてしまってはゲームの主催者の機嫌を損ねてしまう場合もあるし、また、ゲームの醍醐味までも消え失せてしまうことになりかねない。私は向こう側、私とお兄ちゃんを拉致った主催者側の流れに沿うことで今回のゲームは楽しむつもりだった。
不意にスピーカーの音が静謐なものになった。しばらく経ち・・・
「ええ、そこのお二人さん。お元気ですか。」
明瞭で軽快な、おじさんの濁声が流れてきた。
向こう側ではお兄ちゃんが急に騒ぎ出した。壊れたマシンガンみたいに次々と罵声を送り始める。スピーカー側からは、お兄ちゃんの声とは関係なしに、今回のゲームについての趣旨が淡々と述べられていた。
「怖がらなくて良いですから。心配することには及びませんよ。はい。それでは早速本題へ、移りたいと思います。本日、お二人様にはここで2時間ほどのサバイバルゲームを体験してもらいます。方法は至って単純。あなた達は逃げて、私たちが追う。それだけのことです。この島は人工的に作られた島なので、一応のこと、私たちの方は島の内情すべてを知り尽くしています。それでは不公平ということもあるので、ドアの入り口付近に地図と懐中電灯が置かれています。どうぞ、ご自由にお取りくださいませ。では、今から10分後に我々は出発しますので、悪しからず。」
そこで、放送は途絶えた。
「sbgひあかgkvkhshる」
お兄ちゃんは、未だに犬みたくスピーカーに噛み付き、猿のように喚いていた。すでに、自己を見失っているようにも見えるが、とりあえずのところ、私がお兄ちゃんを宥めなきゃならないようだ。
「お兄ちゃん。」
2分後、お兄ちゃんのトークが息切れのため、途絶えたところで、私は声を掛けた。
お兄ちゃんはビックリしたようで、思わず腰を落としていた。
「お兄ちゃん、もう早くここを脱出しなくちゃ。」
お兄ちゃんは驚いた表情でじっと私の方を見つめている。
「お兄ちゃん、放送聞いてなかったでしょう。お兄ちゃん、ここにいたら、10分後間違いなく殺されるよ。これ本当。間違いない。主催者のおじさんの折り紙付きだから。」
キョトンとした顔でお兄ちゃんは私の顔をじっと眺めていた。そして、次の瞬間には、「わっ」と立ち上がると、一人何語か分からない言葉を発しながら、外へ飛び出していった。
「おにいちゃん・・・」
私が外に出る頃には、お兄ちゃんは影も形さえも消え失せていた。





とりあえず7分後。私は未だに建物内に潜伏していた。正確に言えば、潜伏というわけではなく、単に血生臭い建物の廊下を闊歩しているだけなのだが。まあ、とにかく私は、遊園地のアトラクション気分でこのゲームを体験することにした。そう決めた。しばらくテクテクと歩いていると、時間がきたのか、耳に響くサイレンの音が、廊下中を木霊した。いよいよ、ゲームスタートと言ったところか。私は小さな興奮に背筋が少々ピクッと蠢いた感触に気持ち、果てた。
「よし。」
・・・ふふふん。と鼻歌交じりに廊下を歩いてみるものの今のところ、誰も人の気配は窺えない。上の階では濃密に人が蠢く感じがするのだが。
「しまったな。」
私は、もうすぐ廊下の曲がり角というところに差しかかっていた。後、数歩で曲がり角、その後、階段。そう地図には描かれていた。
「なるほど。」
私は立ち止まっていた。曲がり角の向こう側2,3メートル奥に入ったところ。濃密に人の香りが漂っていた。どうやら一人のようだ。自然と顔から笑みが零れた。笑い声さえも漏れそうになる。人は明らかに興奮と警戒心を伴った油分の多い汗をかいている。私の鼻が告げていた。じりじりと音でもしてきそうだ。
私は再び歩き出した。曲がり角に向かって、真っ直ぐに。曲がり角に差し掛かったとき、勢いよく床を前転した。刹那、見上げた上空にナイフの軌道が一つ描かれた。直線的に、鮮やかに。私は前転から体を立て直すと同時に、勢いのまま下段回し蹴りを放った。人の両足ごと刈りとると、人は錐揉みに宙を回転し、そのまま床に叩き付けられた。受け身を知らなかったらしい。背中から叩き付けられた人は、渾身に息を吐いていた。私は立ち上がると、倒れている人を見下した。
「ふ、ふう・・・・・・おんな?」
ミリタリールックに身を包み、腰には投げナイフ、顔を覗けば脆弱な男の顔が一つそこにはあった。男は息苦しそうに顔をしかめていた。私は身動きが取れぬよう男の胸を足蹴にした。
「教えて欲しいことがあるんですけど。」
しおらしく尋ねたつもりだった。可愛い笑顔もつけて。男は憮然とした表情で私を見上げた。全くと言っていいほどブサイク。
男がいきなり腰の投げナイフを手に取ると、胸の上にある私の右足に襲いかかった。私は冷静にナイフを持つ男の右手首を蹴り上げ、ナイフは上空へと舞い上がった。浮遊するナイフ。すかさず私はそれを手にした。手にしたまま、今度は無造作に男の胸に、ナイフを投げ込んだ。ナイフは切断の音とともに男の胸にめり込んでいた。男の体が痙攣しだす。バイブレーション。私は右足に伝わるその振動に酔いしれた。大抵いつもしていることではあるが、この振動が堪らない。至福の痙攣。やがて、時間とともに男の痙攣も治まってしまった。玩具はすぐに消え失せてしまう。だけど、それも仕方のないことだ。いつも思っていることを今回も胸に感じたまま、私はとんとんと軽い足取りで階段を下っていった。





「・・・・・・・・・死体・・・・・・・・・期待」
それは明らかに血塗れだった。賑やかに床に溢れた血潮に身を染めて。
「わお・・・・・・綺麗だな。」
私は今、遭遇していた。名もなき血塗れの人に。たぶん死んでいるだろう。首の動脈から血流を確かめようにも、肝心の首から上がないのであるから確かめようのない話ではあるけれども。まあ、とにかく死んだとしよう。私は背筋がゾクゾクするものを感じていた。
「なかなか、いい感じね。」(続く)