『端の端レストラン』


夕焼けは今日も赤々と崖の端を彩っていた。崖の端の向こう側は、ただ空が茫洋に広がっているだけなんだけど、その空が一面美しい橙に染められる景色といったら、それだけでこのレストランにバイトしに来た甲斐があるってもんだ。
僕はその景色をレストランの中で窓越しに眺めていた。右手と左手に箒を持ったまま、掃除もさぼりがちに、崖の景色に見とれきっている。今は幸いにもマスターが町の方まで食料を調達しにいっている。従業員は、マスターを除けば、バイトの僕一人だけ。お客様は、今のところ誰も来ていない。というよりもここしばらくの間、お客様がカウンター席にお座りになっているのを、僕は見たことがない。
マスター曰く、「昼、ここに来るんだ。」らしいが、それも甚だ怪しいもんだ。僕はカウンター席に腰掛けると、傍にに置いてある飴玉を一個口の中に入れた。マスターが帰ってくるまで、もうしばらく時間がある。このまま夕焼けに見初められるのも悪くない。そんな感じで僕は、カウンターの回転いすに座したまま、しばらく惚けていた。
・・・カランコロン・・・
マスターが帰ってきた、と僕は慌てて椅子から飛び降りていた。もうそんな時間だろうか。夕焼けだって、ほら。まだまだ綺麗じゃんかよ。眠り込んでいた僕はいまいち状況が飲み込めていなかった。だから、マスターが現れたときと同じように、涎を袖で拭うと、何事もなかったかのように、笑顔で扉に向かって挨拶をした。
「お帰りなさい、マスター。今日も良い夕焼けですね。こんな夕焼け、ホントなかなか見られないもんですよ。ホント、こんな景色はなかなかねえ。マスター、そうでしょう。」
僕のマシンガントークをして、何も返事が返ってこないのをみると、マスターどうやら相当お怒りのご様子である。怖くて扉の方を向けない。こうなったら、トークを止めるわけにはいかない。
「ねえ。あっ、掃除。掃除はちゃんとやっときましたから、ご安心を。埃一つついてません。僕の誇りは疾うに失せましたけどね。ほら、マスターいつもの筋肉笑顔で笑って。はい、どうぞ。モスコミュール飲みますか?景気付けに一杯。夕日を望んで酒を嗜む。粋っすね・・・」
まだ返事が来ないか。寝ていたことか。それとも掃除をさぼったことか。いったい何なんだ。僕はどうすればいい。どうしようか、本当に。ええい、自爆覚悟で体当たりといこう。そんで、逃げ出す。ここには二度と来ない。よし、これで決まりだ。言うぞ・・・言うぞ。
「あの・・・」(続く)