■
「明日の午前0時・・・全てが始まり、また全ては終わる」
東京、秋葉原。掌合わせ、寒さ凌ぐ一月の某日。地べたはアスファルトに雪、空は暮れ懸けの夕日がひどく淡い。人通りが乱雑に入り組んでは解されまたすぐに密着し合う。相変わらずの混み様。その中で一つ二つ三つと電気屋に向かって列がひた走る。
年の初めが少し過ぎ、静かだった街がいつもの喧騒を取り戻した。人が皆そろそろ歩く遊歩道。普段と変わらず動きは忙しない。されど、その列は人波に揺られながらも常に途切れず、ただじっと息を潜めていた。
ある人はゴクリと唾を呑みこんだ。見た目さながら獲物の前の大蛇。列に入っている人は尾から頭に行くにつれ、顔に疲弊の色が見て取れる。特に頭から数えて10名程。誰もが目をギラギラさせて、各々が持っている時計、電気屋と交互に睨め付けて、時折思いついたように笑みを浮かべる。
子供が泣いた。冬の秋葉、ソフトマップAKIBA前。皆は眺めていた。皆は知っていた。
年始め早々漂う奇妙な風景。異質な形相抱えた烈々。
彼等の正体、鬼気とした表情の理由。
『windows終焉』
windows史上最強のスペックにして、最後を飾るwindows
マイクロソフトン社が次世代機開発のために「2度と作ることは無いだろうウィンドウズ」と日本語で言ってのけたビリー・ゲイツ。
windowsの終焉、それはもう残り数時間後に迫っていた。
待ちに待った終焉があとたったの4時間でくる。
あと4時間、ほんの4時間。わずか4時間。まだ4時間も。
奥歯がキリキリしてきた。心臓はすでに怒涛のリズムを刻んでいる。
なぜか面白くもないのに笑いが込み上げてきてしょうがない。
心を落ち着けようと深く、深く、深呼吸する。
「ちきしょう、駄目です」
顔がにやけてしまう。
気晴らしに手元のノートパソコンを開けてみた。
起動音が鳴った後、青白くディスプレイが光りだす。
もうじき、このパソコンともおさらばだ。
感慨深くないと言ったら嘘になる。
1年近くも使った代物だ。
キーボードに自分の手垢が滲んでいるような気がする。
『windows2XH』
実に使いやすいモノでした。
ありがとう。
そう心の中で呟き、私はお辞儀した。
2週間前、私はソフトマップAKIBAにやってきた。
まだ元旦過ぎて2日後の事。
その日は見事な快晴だった。寒さは相変わらずの冬真っ只中ではあったが、なんとなく清々しいものだった。
正月早々、秋葉原の大方のお店は営業を開始していた。
通りは普段に比べては空いているがそれでも結構な人ごみだった。
店前にきた私はおもむろに担いできたリュックを路上に置いた。
そのまま私は店の中へ進んでいった。
トントン。店員の背中を突っ突く。
驚いた顔で私を見る店員。私はにこり微笑む。微笑んで私は店員に重要な用件を話し始めた。
数分後。。。私が話し終わったとき、店員の顔は蒼白だった。
「あのー」
はっと顔色を取り戻した店員が店の奥へと走り去っていった。
更に数分後・・・
「はっ?windows終焉?」
私の前には店長が立っていた。頭の良さそうな眼鏡が老けた細面に良く似合った。店長は怪訝な顔で私を見た。
「はい、windows終焉のために」
私は答えた。微笑んで、そして、そのまま店の奥へ連れられた。
いま目の前には疲れ果てた店長の顔がある。はあ・・・とため息をつき、どっぷりと年齢を重ねている。私は笑顔で言った。
「良いですよね。」
店長が顔を上げる。そして、再びため息をついた。
「はあ・・・・・・・・・あなたは、変な人ですね・・・」
「うん?・・・変じゃないと思います。日本人なら誰でも初物好きでしょう?」
「は、初物って・・・」
「私、初物、大好きなんです」
そう言って、私は口元から垂れた涎をジュルリと吸いこんだ。
それを見てびくっと体を震わせた店長は、しばらくの間私の様子を繁々と見る。
「あの・・・どうなんでしょうか」
「・・・予約券・・・ある事知らないんですか?」
「知ってます」
とりあえず私は店前で置いてもらえる事になった。
路上に置いたリュックの中に2週間分の食料、水、着替え、果ては歯ブラシセットまで用意した私を見て、店長が「アホ」と一言言い残し、折れてくれたのだ。
予約券0番もらえるという望みは叶わなかったものの、一応良しな感じだ。
その日から私のソフトマップAKIBAでの生活が始まった。
とある朝、寝袋から目覚めた私は大きく伸びをする。
「うーん、はああ」
カロリーメイト一箱にパックの牛乳。これが私の朝食。しっかり食べて今日に活力を入れよう。
朝食をすませると、次は歯磨きだ。歯磨き粉を歯ブラシにつけ、シャコシャコシャコ
うがいをしようとミネラルウォーターを口に含んだところで、「おい」と呼び止められた。振り向くと店長の姿。
「あっ、店長。おはようございます」
目をこすりこすり答えた私は、首根っこを捕まれ、裏口から事務所内に連れていかれた。
「うがいは駄目です」
「歯磨きにうがいは必要不可欠です。口の中、にちゃにちゃするし。」
「だっ、おおも・・・・・・とにかく、あそこで歯磨きは厳禁です」
「でも、いま頬っぺたに水、含んでますよ」
「・・・ココに出してください」
「のはあっ、気持ち良い!やっぱり歯磨きは最高だ。よし、今日も1日ソフトマップAKIBA!」
「・・・・・・」
そうして太陽と月は私の上をぐるりと回っていく。
ご飯を食べてはのんびりと、水を飲んではのんびりと、体を洗おうと服を脱ぎだすと、店長が慌てて止めに入り、寝袋に包まって空を見上げれば、仄かに星の匂いがする。
私はぎゅっと寝袋の中で手を握り、瞼をぎゅっと閉じてお祈りをする。
「私がどうか1番で初物ゲットできますように・・・」
数日後、祈りの甲斐もあってか私の周囲は結構住みやすいものに変わっていた。
「はっちゃん、りんご持ってきたよ」
「わあ、ありがとう、有坂姉さん」
「いいってことよ。頑張りな、1番!私も全力サポートするから」
「うまうま」
有坂さんが手を振りながら店内へと戻っていく。私は兎耳のりんごを齧りながら、右手で答えた。
その頃になる、私は有坂さんの他にもソフトマップAKIBA内、更には他店の電気店に多数の友人を持っていた。皆、最初は訝しく私を眺めていただけの冷血漢ばかりだった。夜の星を眺めるとき、ふと故郷の事を思い出し、「東京人は冷たかねえ」と、愚痴を零していたくらいだ。ところが3,4日過ぎるとぽつぽつ私と会話する人が増えだし、いつしか食べ物を恵んでくれ、事務所を店長に内緒で使わせてくれたりと、私との親切度と親密度が日増しに濃くなっていった。
「今日の昼食は、最高でした」
りんごを食べ終わった私は、お腹をポンポンっと2回腹づつみ。至福の吐息を零した。
そこへ
「はっちゃん、はっちゃん、はっちゃん」
私は耳を済ました。声がこんなに愛らしくて、それでいてトコトコトコ・・・とキュートな足音が聞こえるような。
「はっちゃん!」
「あっちゃん!」
私の胸に飛び込んできた小さな女の子。彼女の名前はあっちゃん。あっちゃんは私がここに来て最初に出来た可愛い友達だった。
「なにしてるの?」と訊ねられたので、
「なにしてるの?」と私は訊ね返した。
女の子は「うん?」と私の顔を見上げ、それからしばらく何かを考えるように空を見上げた。
「・・・うん、そうだ!下見ー」
「下見?」
私は首を傾げた。
「そう、下見だよ。下見、下見、下見」
「ふーん、偉いねえ。」
「へへへ。今日、お父さんとこの店の下見に来たんだあ」
そう言って彼女は走り去っていった。
2度目の出会いはすぐのことだった。次の日のお昼の3時、持参した漫画を読んでいた私の胸元にあっちゃんはするっと飛び込んできた。
「はあっちゃん」
「あっちゃん!」
「ふにふにふにー」
あっちゃんと会話をしていく内に、あっちゃんのスペックが色々と判明していった。あっちゃんの父親が電化製品の運搬の仕事に携わっているらしく、あっちゃん自身その仕事場に付き添いでよく遊びにいくと言う事を私は知った。「あっちゃん学校は?」と訊いた事もあるが、「行ってるよ、じゃあねえ」と姿を消した時刻が午前11時だったりするものだから、