『明日1』

午後7時少し過ぎた頃、正木市助は自宅に到着した。門前に自転車を留めた彼は、暮れ掛けた西日の空に目を細め、それから少し俯いた。俯いた彼の顔はひどく紅潮し、くしゃくしゃな笑みが顔にべったりと張り付いていた。
2時間ほど前のこと。
暮れ方の日が差し込む誰もいない放課後の音楽室。市助は一人パイプ椅子に腰掛けていた。防音の壁に囲まれた音楽室は外からの雑音が一切入らない。そのため市助を囲む空間はひどく静かなもので、市助が起こす音だけが耳に伝わってくる。自らの呼吸音を聞き取り、自分が起こす衣擦れの音に耳を傾け、自身の中の音を耳にする。市助は震えていた。手はじっとりと汗ばみ奥歯がキリリと引き締まる。耳の後ろがドクドクと脈打ち、心臓の音がはっきりと聞き取れた。市助の手には一通の手紙が握られていた。
2時間目の体育が終わり教室に戻った市助が、次の授業に使う教科書を取り出そうと、机の中に手を挿し込んだ。その時、机の中の違和感に気付いた市助が教科書とともに引っ張り出した一通の封筒。愛らしい便箋に丸文字。中身は辿々しくも真っ直ぐな愛の言葉で綴られていた。市助は顔を真っ赤にして、慌てて封筒ごと机の中にそれを押し込んだ。それは紛れもない市助宛へのラブレターだった。
昼休み、市助は友人である竜胆翼にこんな話をした。
「仮にお前の机の中にラブレターが入ってたとしてさ」
翼はキョトンとした顔で市助を見た。市助は意を悟られないように慌てて飯をかき込んだ。
「お前だったら行く?」
「はっ?」
「いやっ、ラブレターで呼び出されるシチュエーションになったらさ」
翼は卵焼きを一切れ口に含み、それから天井を見上げた。
「うん、まあ行くな」
「マジか」
「うん、可愛い子限定だけどね。行かなかったら損でしょ。てか俺だったらその子を直で迎えに行くけどね」
「なるほど・・・・・・じゃあさ」
市助は手紙そのものを詳細に思い返した。
ピンク色の便箋。初めてのラブレター。綺麗に整った文章。のち・・・・・・
市助は小さく不安げな表情を浮かべ、翼に問うてみた。
「差出人の名前が書いてない場合はどうなんだ?」
「名前のないラブレター?」
「そう・・・・・・」
3時間目の休み時間、トイレに籠もった市助は手紙を隅から隅まで舐めるように見て回った。何度眺めても、何度手元で回してみても、確かに手紙の内容は市助当てのラブレターに違いなかった。ただ、一つ。差出人の名前がないことを除いては・・・
「釣りなのか、それとも本物なのか、本当だったら好みのタイプがくるとは限らないし、場合によってはブスがくる場合も視野に入れとくべきだろ。どう思う、お前なら?」
「うーん、俺そんな経験ないからな。ただ、難しいな・・・釣り覚悟で行った方がいいと思うぞ、それは。お前の場合特にな」
「そうか・・・・・・やっぱ釣りっぽそうでも行った方が良いか」
「まあ、後はお前がどう思うかだろうな」
「ふーん」
翼は飯を食い終わると市助の方を二回ほど小突き、意味深な笑顔で立ち去っていった。市助はすでに自身のことで一杯一杯だったため、翼の誘導尋問にかけられたことにさえ気付かず、一人悶々と頭を抱え机に俯いた。(続くんだな〜これが)


やっぱこれ作品用にしよう。あとで大幅に修正だな