某事件ついてPart3

「今日は珍しいよね〜」席についてすぐ恭子は周りを見渡しながら、私に訊いてきた。「うん、まあたまにはこんな高いお店で食べてみるっていうのも良いんじゃないかって思ってね」私は胸に今ある凄まじいプレッシャーで、思考があまり働かない。私も恭子同様いかにも高そうな店内の装飾品を物珍しげに見ていた。「へ〜、私はいつもの居酒屋でも良かったのに。」俺もそうすれば良かった。心の中で私はこの意見に思いっきり賛同していた。店のチョイスを間違ってしまったろうか。洒落た高いお店をと雑誌で見て、フランスよりはイタリアの方が良いかな〜なんて呑気な事を考えてたが、予約していざ来てみると緊張して窮屈だ。今、私の足は貧乏ゆすりで真、字のごとく貧乏人丸出しの動きをしていた。そんな私の動きを見ていたのか、恭子は私の目を見て、意味深な笑いとともに訊いてきた。「ねえ、今日私にとって何か重大なことがあるの」「だから、何もないって。臨時収入が入ったからだよ。」私は馬鹿丸出しの理由を述べてその場を取り繕うとした。「いらっしゃいませ。」ビロードの利いたダンディーな声に恭子の追求から救われた。「あっ、はい。」私は笑顔で、声のする方へ振り向いた。「これが本日のディナーのコースとなっております。」私はお品書きを手にとり、注文を始めた。「ええ〜前菜はと、このグ、グリッシーニの生ハム巻とトマトの・・・」「はい、アンチィバストはグリッシーニの生ハム巻と・・・・」その後の私の記憶はそこで途絶えてしまった。意識というか、はっと気づいたときは恭子が私を見て笑いまくっていた。「尚くん、面白すぎるよ。普通に注文すれば良いのにさ〜」私は下を見て自分の失態を思い返そうとした。しかし、何も覚えていなかった。恭子が後からこの出来事について語ってくれたが、とても人に聞かせることはできない。そんな私にとってはいやな雰囲気の中、次々と料理が運ばれてきた。私はそれを黙々と食べていた。恭子は私に話し掛けつつ店の料理にも十分満足してくれた様子だった。
 2人が外に出たときは9時半になっていた。ようやく落ち着いた僕は、話をし始めた。「今の時計の時刻って俺の誕生日になってるよ。」やっぱり私の緊張は取れていなかったようで、意味不明なことを次々と話していった。恭子はガーディガンを肩に羽織って夜風でガーディガンがなびくのを楽しんでいる様子だった。私の話に笑っていたのかもしれないが・・・いよいよ私の告白ポイントが近づいてきた。自然と胸が高鳴ってくる。お膳立ては大丈夫だったはずだ。お互いの愛も大丈夫だ。指輪も・・・・・・あれ、指輪がない。えっ、なんで、何でないの。頭で必死に思い返してみるが、どこで落としたのかさっぱり分からない。「ねえ〜」私は自分のポケットを探し回っている。「ねえ〜ってば」気がつくと恭子は私の目の前にいた。「あっち行こ」そういって恭子は私の手を取り、私の考えていた告白ポイントへと恭子自身が連れて行ってくれた。「尚弘は何を探してるのかな。」都会の明かりが作り出す夜景は美しい。私は「別に」と慌てたそぶりを見せまいと静かに言った。「尚弘の探してるのはこれでしょう。」恭子が高々と揚げた右手にあった物は、紛れもなくあのリングケースだった。(続く)