アンチテーゼ電車男

 中央通りの景色は、普段と変わらず、忙しない人混みで溢れていた。新谷一郎は、ハンドルを握りしめたまま、車内に設置してあるデジタル時計に幾度となく目を配らせる。時計に写る一郎の表情はどこか硬く、年を刻んだ顔の皺に脂汗が滴り落ちていた。「早くしろ、このすっとこどっこい。」ハンドル前方のクラクションを鳴らすと、想定外に大きな音が車内中に響いた。音に反応したのか、前の車の後部座席に座っていた子供が、後ろの窓からこちらの様子を窺ってきた。一郎は思わずフロントから目を背けた。「ちくしょう。」
苦虫を噛み潰した顔で、一郎は助手席に置いてある帳簿と一枚の茶封筒を目にしていた。
連絡が入ったのは、昨日のことだった。
・・・・・・ジリリリリ・・・・・・
「はい、もしもし。こちら新谷印刷所ですが・・・。はい。・・・あっ、はい。・・・はい。今すぐお電話変わります。・・・・・・あなた。」
ちょうど、頼まれていた印刷物の刷り込みを終え、

 その日。早朝。夏も近しい6月の上旬。