雨憑き

 入り口から窺える外の景色は、依然としてどこまでも、雨だった。先程に比べ、若干獰猛さは失われたものの、それなりに降りしきる雨の中、他の列が外に消えていくにつれ、わたしたちの列も少しずつ動き始める。人混みが窮屈で、体を簡単に動かすことができない中、わたしは手にした黄色い子供用傘を軽く握りしめた。
「カバンは全員ビニールにくるめたか。」「・・・はい。」
「合羽は全員ちゃんと着たか。忘れたやつは、先生のところに借りにいきなさい。」
「次は城北地区の列だ。遅れてくるな。しっかり列を正して、先生の指示通りに動くんだぞ。」
スピーカーから流れる先生の注意事項が伝え終わると、いよいよわたしたちの列が大規模に動き始めた。人の流れに乗せられる形で、わたしは人の足が踏みしきる足下に最大限注意を払いながら、歩を進めていった。人並みが蠢くように、漫ろに玄関へと向かい、次々と外へ放たれていく。玄関から数メートルの位置に来たところで、わたしは小さく息を呑んだ。少しの緊張と立ちこめる湿気のために手が汗ばんでいた。
「さっちゃん。」
隣を振り向くと、アミちゃんの顔もまた薄暗がりの中、緊張と興奮で顔が固まったまま、視線は雨に魅入られていた。雨の景色が織りなす独特の色濃い陰影は、薄い蛍光灯の光と相まって、アミちゃんの顔を明確に、はたまた、虚ろにどこか愁いを帯びた表情を生み出していた。アミちゃん・・・。わたしは少しだけ、アミちゃんの表情に薄ら寒さを感じた。
「アミちゃん。・・・・・・離ればなれにならないようにね。」
喧噪と雨音が辺りを包む中、わたしは静かにそう呟いた。「・・・うん。」
しばらく経ち、アミちゃんは漸くわたしの方を振り向くと、普段の笑顔でそう言い残し、わたしの右の掌をしっかと握りしめてきた。わたしも力強く握り返す。アミちゃんの手は滑らかに柔らかく、ひんやりとしていて、それは本当に気持ちよかった。
玄関前まで来ると、雨の音は遠めから聞くよりも随分激しいもので、コンクリートに打ち付け跳ね上がる雨の飛沫がわたしたちの足下に降りかかる。艶々と光沢を増していく足下に目を向け、わたしは手に持っていた傘の柄を握りしめた。
「よし。準備は良いか。」
わたしは傘を空に掲げ、
「あの列に続くんだぞ。」
傘を大きく、広げると、
「次、行け。」
飛沫が跳ねる中、のっけから勢いよく駆けだした。
・・・・・・ダダダダダダダダダダ・・・・・・
飛び出した瞬間、轟音と共に今までに経験したことがない相当な圧力が傘全体に襲いかかってきた。「ううっ」それは、呻き声が漏れるほどの強烈なもので、・・・手が痺れる・・・ほどに、猛烈な力を伴って、右へ左へ暴風に操られ、私の体を嬲っていった。
「せ・・・んせい。」「・・・これは。」
傘など疾うに役に立ってなどいなかった。数人の生徒が校門に辿り着く前に、風に煽られ、傘をあたら周りに飛ばされていた。足下どころか体全体、更には顔にかけて暴風雨は、苛烈に容赦なく、降り込んでくる。
「み、みんな。か、傘をたため。後ろの先生も呼びかけお願いします。傘を飛ばされる方が却って危険です。」
あちこちで、先生の声が裏返っていた。四方八方に注意を促す罵声が、往復していた。雨は、先程よりも数段強まってきていた。雨音は激しさを増すばかりだった。わたしたちはそこを突っ切っていった。傘も差さず、雨合羽の中に雨が染みこもうともお構いなしに。容赦なく雨が顔に降り注ごうとも。目だけは前の人を逃さず、天を見上げ、掌にはアミちゃんの・・・そう、アミちゃんの手の感触だけを、しっかりと、その手に感じ取っていた。
 



校門まで一気に駆け出した城北地区生徒の列は、長々としたもので、100メートル先にある小さな交差点まで続いていた。わたしとアミちゃんはその列のやや前辺りで、先生の指示に従い歩道側を交通安全に則り、歩いていた。校庭時の駆け出しは何だったのかと思えるくらいに、一端歩道に出ると、時折先生の注意はあるものの、至って平静に列はそれぞれの地区へと歩き出していた。
「ねえ、アミちゃん。」「ん?」
「なんかさ。こんな大雨って初めてだよね。」「うん。」
二人で会話もできるくらいに、列の動きは落ち着いたものになっていた。雨は依然として強く、しばしば目も開けられないほどに強烈な突風を伴って雨が襲いかかることはあるにせよ、一段落した様相に、周囲からも笑い声が所々で溢れ出始めた。
「アミちゃん。」「ん?」
アミちゃんはいつものように、にっこりと愛くるしい笑顔でわたしを見つめる。わたしとアミちゃんがまず会話をするときに使うお決まりの文句。いつも、ここからわたしは疑問に思うことをアミちゃんに尋ねていた。習慣というやつだ。
「アミちゃんさ・・・・・・」「なに?」